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電視の部屋

アニメ、特撮などのTV番組の感想掲示板です!
ご覧になった番組の感想にお使いください。


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#527 作品チェック 演出チェック ライブオン!カードライバー翔 LEVEL07 大空3兄妹舞う!
投稿者:LD [2008/11/18_03:01]



【公式HP】http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/cardliver/
脚本:大久保智康
絵コンテ:辻初樹
演出:川畑喬
作画監督:飯飼一幸
原画:井後多映子、小田武士、岡野幸男、昆富美子、佐藤清光、佐藤滋樹、関三恵子、高澤美佳、高橋浩也、千葉茂、野崎恒仲、松本昌代、宮崎仁志、吉田巧介、小原和大、逆井淳美、深本泰永


「カードライバー翔(かける)」は、最初の数話までOPEDが間に合ってなかったり、ちょっとこう…仕上げのクオリティ的には安目の作品に思うんですが(「カブトボーグ」ぐらいのレベル?)「ライブオン」というカードゲームとアニメの相性の良さと、キャラクター設計の良さ……あと絵コンテもいいですね。ともかく期待感の高まる作品になっています。
ちょっと、機会をみて同じカードゲームの「少年突破バシン」と比べたいと思ってもいるんですけどね。「バシン」の方は使役するモンスターは全でCGで処理していて……CGってどうしても一歩離れた淡泊な描写になってしまうんですが(その分、タクティカルな棋譜を組んでいけるように思います)「カードライバー翔」の方はモンスターも一緒に作画している分、距離が近くってモンスターの親近感が湧きますね。
加えてこのゲーム、目玉のギミックがあって、プレイヤーはモンスターに変身できます。ライブ・チェンジっていうんですけどね。これはねえ〜wとてもマンガ・アニメ向きでよい設定ですw…というか子供向きカードゲームとしてもいいギミックです。…で、さらにアニメではライブ・チェンジするとモンスターたちと話ができるようになる。それでさらにモンスターとの距離を詰めています。(最初から話せてもいい気はするんですけど、ライブ・チェンジする事の特徴付けなんでしょうね)でも、負ける時は淡泊に負けるというバランスもよい感じです。



ベースの設定やギミックに加えてシナリオや演出もかなり「回って」いますね。この回、学校一のカードライバー・小芹アイが初めて苦戦する話なんですが、ずっとアイちゃんの戦い方って大空系のモンスターを駆使してしなやかな描写を積み上げてきたんですけど、それをライブ・チェンジをデリートされる事によってつまずかせ、一気に不利な状況まで落とし込む。そこから最初に引いたところを見せた手札「激昂」を逆転の一手にするという組み上げも見事でした。
いや、このアイちゃんってカードデッキを足に付けてそれをドロウする仕草に彼女の“しなやかさ”が出ていていいいキャラなんですよw主人公の翔(かける)とチームを組んでいるアイや徹は既に自分の戦闘スタイルを確立しているのに対して、おミソの翔はまだスタイルも覚束ない感じな“成長前”感もいい感じです。地区大会で観客が“かなりまばら”なのもいい感じですwけっこういい絵コンテ切っている。ポテンシャルの大きさを感じさせてくれるアニメになっていると思います。

あと、何かこのライブオン全国大会、地区大会→中部大会→州大会→決勝トーナメントみたいな流れのようなんですけど。え?なに?この物語舞台、中部地方なの?ってか道州制?とか?変なところを気にしてしまった(汗)

#526 情報圧縮論 作品チェック まかでみWAっしょい! 第3話 なんか魔王まで出てきちゃったんですけど
投稿者:LD [2008/11/07_03:09]



【公式HP】http://www.macademi.tv/
シナリオ:あおしまたかし
絵コンテ・演出:山本天志
作画監督:伊部由起子
メカ・エフェクト作画監督:牟田口裕基
原画:山本深幸、青柳恵那、船津弘美、森山美津子、武口憲司、小田武士、山田真也、冨永和代、森悦史、地崎義生、黒石崇裕、鍵山亜子、大山博史、伊部由起子、トイボックス、榊原智次、西川佳広


…うん。突然ダンジョンにいて戦闘始めたんで、2話を確かめたんですけど、やっぱり繋がってないですね。つまり、この状況は後のサクマ先輩のセリフ「講義中に大暴れして、バツ掃除(ダンジョンの)を命じられた」で説明終了なわけですね。ふむ………いや、何気に情報圧縮だと思ってタグつけて置こうかなとw
1〜2話かける間に、タナロットと鈴穂の仲が悪くってしかも両者とも暴走属性。拓人を巡って周りの迷惑考えずに暴れ回る構造が既に積み終わっているわけで、つまり、授業中にそれやって教室を崩壊させてしまう図までは、既に観えるんですよね。じゃあ、そんなありふれた「どうしてこうなったか?」という状況を説明するパートはスッパリ切って、別の展開を載せて行こうというシナリオの組み上げになっています。
…で、そこらへん僕が観たところサクマ先輩の積みに使っているのですが…このキャラ「強い」ですねえww拓人〜タナロット〜鈴穂のメインコアにはほとんどシャフトがなくって、それをほとんどこの人が引き受けている。(WF分類で言うと主要なキャラほとんどFなのに対して、この人だけWといった状態。他にも上位のキャラはいるみたいだけど、舞台から一歩離れた位置にいる)おたく趣味丸出しの人なんですけどね。ハッキリ言って「まかでみWAっしょい」がどういう展開をするかは、この人の趣味が決めている!!…正直、この人カッコいいです。

内容自体はダンジョン(倉庫)内に放置され、精霊化した魔道具(ファルチェ)が自分の造られた意味が分からず、思考の果てに魔王をやってみる決心をするって話なんですけどね。…ファルチェが“魔王”の参考にした書物が「ファミコン通信」の頃のファミ通(しかも創刊号)だったのが個人的にツボでした。

#525 『true tears』12,13話感想
投稿者:A-kiyama [2008/10/19_23:22]
こんにちは、また感想書きに来ました。
昨日、12、13話を見終わりました。なんかもう大満足です(笑)

恋愛物の物語を見ていると、恋が成就するかどうかだけでそのキャラクターをハッピーエンド、バッドエンドでわけてしまいそうになりますが、こういう豊かな終わり方もあるのだなと何か非常に嬉しくなりました。眞一郎と乃絵が出会えたのは本当に奇跡だったし、恋人関係じゃなくても、地面に石で書いた文字が消えてしまっても、最後に乃絵の心に残るものはあったのだ!と思えるラストシーンでした。

お母さんが訪ねて来た時、招きいれつつ眼鏡はずす比呂美相変わらずだなあ(笑)とか、バスから降りた後「それはまた別のお話」と言わんばかりに顔が見切れてしまう純とか色々頭に残って、もうそれぞれの登場人物について誰かと話したくてしょうがないです。

春先までテレビ、ネット無しで生活していた為TV放送中はまったくこのアニメの事を知らなかったので、おそらく漫研さんで存在を知る事がなければ見なかったと思います。ありがとうございました。

#524 Re: マクロスF 第15話 ロスト・ピース (#523)
投稿者:ペトロニウス [2008/10/09_01:15]
メチャ同感です。このシーンは神です。

#523 作品チェック 演出チェック マクロスF 第15話 ロスト・ピース
投稿者:LD [2008/10/08_03:39]
What 'bout my star?@Formo
作詞:hal、作曲/編曲:菅野よう子
歌:ランカ・リー(中島愛)、シェリル・ノーム(Starring May'n)


Let me know what you want,I would give you♪
How fantastic to be with you. Woo…♪


※正調の歌詞は「How fantastic to be with you. My love!」なんだよねえ…w

脚本:吉野弘幸
絵コンテ:河森正治
演出:間島崇寛
作画監督:小倉典子
原画:入江篤、岩倉渚、イワサキ、大久保恭子、小倉典子、沓名健一、汲田光宏、小林幸洋、小美野雅彦、高橋裕一、土屋友次、ながみねけい子、野村啓子、日向正樹、平牧大輔、松尾祐輔、山下清悟、鷲田敏弥、NARA ANIMATION


第15話Bパート中盤から入るここ、めちゃめちゃ好きなシーンなんですw
…っていうか「マクロスF」のクライマックスってここでしょ?(`・ω・´)
いや(汗)総集編気味にまとめた、状況確認回とも言えるんですが……シェリルが歌い出してランカがそれに合わせ「アルトくん、一体どっちにするの?」と暗に迫るこのシーンは、これまでの14話分の「積み上げ」が、この一点に結晶する瞬間というか、「歌うアニメ・マクロスF」としてとても美しいシーンです(熱)
…というか、僕、これ観た後のエピソードとか、要らないモン!(`・ω・´)…いや、すみません(汗)要らないって事はないんですけど(ミシェルの死とか、クランとか良かったしね)…、僕の中ではもうここを魅せてもらった時点で、もうどういうオチでも「勝ち」な状態でして…まあ、何やってもいいからこそ、逆に決着はつけて欲しかったんですけどねえ…結局、ここで確認された事が、そのまま維持される事になりましたね……劇場版があるからかなあ…?

とまれ「雨に唄えば」の「結晶」が雨に唄うシーンであるように、「フラッシュダンス」の「結晶」が最後のオーディションのシーンであるように「マクロスF」はここが「結晶点」なんだと思います。そこでは歌という情報を“凝縮する力”が存分に発揮されています。


Darlin' 近付いて 服従?
NO YOU, NO LIFE ナンツッテ もう絶対♪
need your heart & need your love♪
YES? OH! HAPPYだしPICE♪


CD「O.S.T 1娘フロ。」買ってきて歌詞見て分かったんですが、この時、シェリルもランカも自分らの状況に合わせて正調の「What 'bout my star?」を変えて歌っているようです。つまり、アドリブですね。…で、シェリルは先述したように「My love」を隠したり、こっちの「YES? OH! HAPPYだしPICE!」(そう聞き取れるのですが違っているかもしれません)は、本来は「OH YES! スウィートでKISS!」で、やはり「KISS!」を隠している。(アルトは歌詞を覚えていてキスが来ると思った可能性あり)なんで変えるかっていうと(ファンじゃなくって)アルトに向けて歌っているからですね。あと、ランカをライバルと認めて歌い始めたって事も含まれますね。抜け駆けしないというか……かわいいよね?(=´ω`=)


乗っかっちゃってる恋でもGO♪
もう一回なんてないからExciting♪
Wonderful! Charming you♪
GETしたいから ラララ♪
We'll sing around the world♪


ここの最初にシェリルが歌い出して、それを見て気後れしていたランカが勇気を出して、力強く歌い出すシーンを見て、この作品の第一話からの物語の流れをイメージしない人は少ないでしょう。いわゆる「情報圧縮」という奴ですがw(←あ、いわゆった)ダンス&ミュージックというツールを利用して、1〜14話までの彼女達の行動を凝縮してリフレインさせているんですね。(つか、リフレイン自体が音楽用語だ)
15話のAパートはラスボスとなるグレース+バジュラの物語を中心とした総集編と種明かしが行われているんですが「マクロスF」のコア・ユニットとなるこの三角関係については、このシーンによって、単にストーリーをなぞるだけの総集編ではなく「感情の積み上げ」を総集(凝縮)する事に成功していると言えます(熱)


3. Hey,I count down♪
2. Are you ready?
1. もう待てないよ♪


0. 愛、鳴らして♪

What 'bout my star?
What 'bout my star?
What 'bout my star?……


……「マクロスF」はキャラ格ではシェリル、設定格ではランカがそれぞれ「シャフト」を持っていて(あくまで傾向で、この二人はキャラ格、設定格共に拮抗している)それに比べたら、主人公・アルトくんのプライドや覚悟なんてゴミクズみたいなものなんですがwそれなのに、その「シャフト」二本は、その膨大なエネルギーを自分一人のために振り向けてくれるんです。……お、おおお俺のために!?(←お前違う)その多幸感ときたら、も〜〜鼻血ブーもんなわけですよ?(=´ω`=)
こういった「構造」のWヒロインもの、あるいはハーレム系、かつモラトリアムな作品ってのは、最近はそこらじゅうに転がっていて、この作品も分類的にはこの範に漏れるものではないのですが……。やはりこの「What 'bout my star?」のシーン…組み上げた物語をこの一点に「結晶」する美しさ。そこを天才・菅野よう子の曲で突き抜ける美しさによって、作品を全く別のステージへと押し上げています。…一言で言うなら格が違うものに仕上がっていますw(※無論、シャリルやランカのキャラが基礎からしっかり組まれている事が大前提ですね)


ふ〜〜〜〜……もっかい観よっ(=´ω`=)←ちなみにシェリル派


What 'bout my star? What 'bout my star?……



#522 Re:taroさん (#521)
投稿者:LD [2008/10/01_15:26]
こんにちは、taroさん。…なんか文字化けしてて済みません(汗…何だろうなあ〜?)

ご指摘ありがとうございます。スザクとの話に僕の誤認があるとの事ですね。
まだセリフは確かめていないのですが、ルルーシュが世界に対して「願い(ギアス)」をかけたというのは彼の意識無意識に関わらない、僕の見解なんで、文意自体はこのままでいいかと思います。

ギアスにかかるか…今から“かかる”んだよな…自分が死ぬ(自殺)事を指している…でいいのかな?

#521 Re:繧ウ繝シ繝峨ぐ繧「繧ケ蜿埼・・繝ォ繝ォ繝シ繧キ繝・・イ・呈怙邨ょ屓・槭え繧ス縺ォ荵励k隧ア・・ SIZE= (#515)
投稿者:taro [2008/10/01_13:47]
>少なくともルルーシュは世界に対して「ギアス」をかけた(スザクとそんな話をしていますよね)
>それは単に願いを「託す」というより「呪詛」に近いものと僕は思います。

スザクとの会話ですけれど、私も最初はそう聞こえていたんですが
よく聞くと「願いと言うギアスにかかる」と言ってるんですよね。
ルルーシュがかけるのではなく、かかる、です。

誤:「俺は人々に願いと言う名のギアスにかける」
正:「俺は人々の願いと言う名のギアスにかかる」

ともあれ、ルルーシュが死ぬときにスザクに「かける」願いのギアスもありますから
話がごっちゃになってる気がします。

#520 Re:コードギアス反逆のルルーシュR2最終回〜ウソに乗る話〜 (#515)
投稿者:まさお [2008/09/30_20:46]
自分に酔いすぎの文章で気持ち悪かった

#518 Re:Re:カツさん (#517)
投稿者:カツ [2008/09/29_01:16]
すいません。お願いします。

#517 Re:カツさん (#516)
投稿者:LD [2008/09/29_01:15]
こんにちは。カツさん、レスありがとうございます。

ところでタイトル何て書かれました?(汗)正直なんかちょっと気持ち悪くって…よろしければ、こちらで手直ししたいんですけど…どうでしょうか?

#516 Re:コードギアス反逆のルルーシュR2最終回〜ウソに乗る話〜 (#515)
投稿者:カツ [2008/09/29_01:07]
私は納得がいかない口なんですけど。
LDさんの考えを取ると、多くの人がそのギアスに答えるからこそ最終話のタイトルは「Re;」という意味に取れてキレイですね。

#515 作品チェック コードギアス反逆のルルーシュR2最終回〜ウソに乗る話〜
投稿者:LD [2008/09/29_00:43]



【ウソに乗る話】http://blog.goo.ne.jp/ldtsugane/e/2b1066647c20036cc70e8b2ecf75c162

僕は以前このブログで「ウソに乗る話(リンク参照)」をしていて、この話は機会を得たら改めてじっくりしたいと思っていました。今回「コードギアス 反逆のルルーシュR2」を最終回まで観て、ちょっとこの話ができるかな…?と考えましたので機会を得た…という事でこの話をしてみたいと思います。

元々、この「コードギアス」の第一期を観ている時は、僕はこの物語を「王道と覇道」の話かな?と思っていたんですよね。…で、それは最後まで観た時、まあ、そう「読んだ」のはハズしたかなあ〜?と思うんですが、〜二期に入るとシャルルゥが「王道で来い!」とかルルが「我が覇道」とか言い出すんですけどね…まあ、そこは主軸じゃないなと…〜そうして、もう一度「読み」直してみると、こっち。「ウソに乗る話」が観えてきたんですね。
「コードギアス」の物語の流れを追ってみると「ウソをついて」生きて来た少年ルルーシュが→「ウソの無い世界」を造ろうと目論む父シャルルと戦い→戦いの果てで「ウソの在る世界」を肯定し→…では、どういう「ウソをつく」か?…という事で最終回がありまよね?これについて僕なりの見解を述べてゆこうと思います。

…さて「コードギアス」の話の前に、少し「ウソに乗る話」に触れておきます。この件について僕がよくする“たとえ話”として「裸の王様」の逆説があります。…「裸の王様」の話はご存じかと思いますが、要するに「大人が作ったウソの世界」を子供が「なんでぇ!あの王様裸じゃん!」と「ホントウの話」をする事によって、その「ウソの世界」が終わってしまう……という話です。
まあマンガなんかでは、この「大人のウソ」を看破して「真実を見抜く」この子供を投射したようなキャラがしばしば尊ばれて来たワケなんですが(まあ、子供向きですしね)…さて、この「ウソの世界」って本当に「ホントウの事」を言っただけで崩壊するものなんでしょうか?

ここでちょっと、こういうウソをつく者を“大人”、それを嫌いホントウの事を言う者を“子供”と定義づけて続けます。

“たとえば”ですね。…貨幣って「ホントウは」単に鉱物を練成したもの、あるいは単なる印刷物ですよね?これは誰もが知っている事です。でも、貨幣にはあらゆる物と交換する価値がある。この事も誰もが知っていると思います。しかし、この「貨幣に価値がある」という話は「ウソ」なわけです。人間が便宜上使っている「ウソ」ですよね。
つまり貨幣経済そのものが「大人が作ったウソの世界」という事になります…“バカには見えない服”ではないけど、“バカには価値が分らない紙切れ”を流通させているワケです。では、この世界に無垢な子供が一人現れて「なんでぇ!ただの紙切れじゃん!」と指摘したとしたら、貨幣経済は終わってしまうでしょうか?…終わりません。それは、その「ウソ」自体に意味があるから。僕がしたい「ウソに乗る話」とはそういう話なんです。

つまり大人というのは、そうやって様々な「ウソ」をつく事によって世界を前進させて来た……と僕は思うんですよね。正確に言うと「ウソ」をつく事ではなく、「ウソ」を「信じる」事…信じるだと何か信仰にかかって来そうなんで(無論、信仰も含みますが)僕は「ウソに乗る」という「言葉」を選ぶワケなんですが。
たとえば「自由思想」、「平等思想」、「人権思想」なんてものも人間蹂躙の歴史の果てに大人がつく事に決めた「ウソ」です。でも、その「ウソ」のお陰で人間は「民主主義」というそれなりにマシに思える「世界」を手に入れる事ができたんです。…「ウソの世界」ですけどね。
同時に、この「自由」や「平等」、「人権」と言った様なものが「ホントウの事」だと思っている“子供”は、何故それがあるのか?を考えもせず〜「人権は在る」という話が「ホントウの話」だと思える人は「在るから在る!」としか思わないでしょう〜、今現在も大きな間違いをし続けている…と僕は思うのですが、この話は「コードギアス」の本論とはあまり関係がないので、ここで切り上げます。
でも、僕はこういう観点にいるので「コードギアス」の中でシャルルが「本当にウソが嫌い」っぽい所を見てとると「う〜ん(汗)真実厨(子供)だなあ…」と苦笑いしていたりしました。

「ウソに乗る話」大体こんな感じです。以前も言ったようにけっこう僕は事ある毎にすると思います。

さて「コードギアス」の最終回の話に移ります。先に言っておくと、この話、納得できない人にはず〜〜〜っと納得できないと思うんですよね(汗)おそらく“罪”とか“償い”に拘る人なんかは特に(汗)…しかし、その部分は多分、他の多岐の物語においても論じる事がある問題ではないかと思うので、今回は別の機会としたいです。
で、もともと、オチ自体は僕はゼロ・レクイエムという言葉が出た時点で「『ガンダムW』じゃね?」とか言っていてwまあ、それに近い位置に着地したなと思う向きもあるかとは思います。また、自らが悪として倒される事前提に悪を演じる物語は「泣いた赤鬼」とかじゃないですけど、これまでの物語の中でも無いワケではありません。

しかし「コードギアス」ではスザクが扮した仮面の騎士ゼロが皇帝ルルーシュを討ちます。

僕は、ここが大きく違うと思っています。これまでの擬態悪の者たちは、僕が知る限り自分が討たれた後の世界がどうなるかは大雑把に言ってしまうと感知していなかった。ただ「託した」だけなんですね。……え?ルルーシュも「託した」だけですか?いや、そうも言えるんですけどね(汗)僕はそうは思っていない。少なくともルルーシュは世界に対して「ギアス」をかけた(スザクとそんな話をしていますよね)それは単に願いを「託す」というより「呪詛」に近いものと僕は思います。



そもそも何でスザクに討たれる必要があるのか?世界中の人々の憎しみを買う皇帝として君臨し続け、然るべき抵抗闘争の中で討たれて果てるのはダメなのか?…そこにルルーシュとスザクのついた「ウソ」の意味があると思う。
それはつまりルルーシュという絶対悪に到達する前にまた様々な諍いを生んでしまう事をルルーシュとスザクは身をもって知っているからなんですね。最終回でスザクとカレンが互いに「立場は違っても日本を救う思いは同じであった」事が語られるのですが、そこなんですよね。思いは同じでも与えられた立場や運命によって互いに殺し合い、新たな諍いを生んで行くのは、ある種必然なんですよね。
それは一点にまとまったはずのルルーシュ曰く「憎しみの連鎖」が再び拡散して行く事を意味します。…では、どうするか?

ここに「絶対なる悪」となったルルーシュの前に「完全なる善」のゼロが現れた理由があります。

正当なる手順を踏んで世界を変えようとする者には、おそらくは到達不可能、ナナリーでさえ到達できなかった「無垢なる善」をデッチ上げるんです。“何の憎しみの連鎖も引き継いでいない”本物のホワイト・ナイトを出現させるんです。そして、彼に絶対悪のルルーシュを討たせるんです。
※こう言うと完全善ゼロという言い回しに疑問を投げかける人はいると思うんですけどね〜(汗)でもブラック・リベリオン後のゼロはルルーシュじゃないはずとか、100万人のゼロがいるはずとか、ごちゃごちゃ説明するのは割愛しますけど、まあ“記号”として強力で且つ、誰でも無く(←重要!)もっともしがらみの少ない戦士という事です。また、それで本意は落ちないはずです。
とまれ、こうする事によって世界は限りなく統一されたまま「未来を願う人々」に手渡されます。(…離脱する団体が皆無ではないかもしれませんけどね。…でも、ここに到ってそれはかなり“損”な選択なはずなんですよね。また皇帝ルルーシュの手で統一憲章的な道筋は立ててられているんじゃないかなと思います)様々な国が、真の意味では“無血”じゃなくても「無血革命」を謳って誇りにするのは、憎しみの連鎖を最小に抑えた事を誇っているんですね。その「無血革命」が成され、また、その成功者であるゼロはその存在自体が大義の人になるんです。…なにしろ後ろ暗いところが何もない存在だからw…後ろ暗い所がないなんて「大ウソ」ですけどね!!w

つまり、ルルーシュとスザクは“絶対悪”を“完全善”が倒すというファンタジー…「大ウソ」をついたんです。それによって人間の憎しみは“絶対悪”への者へと昇華され、後に残るのは、それが無い世界…つまり「優しい世界」に導かれる事に託した…また、Cの世界に行ったルルーシュ(←整合性を求める人には重要!)は人の心がそうである事を知っているんのでしょう。一期の第5話で世界から争いをなくすためには「(簡単だ)誰かが勝てばいい」とルルーシュは言い放ったのですが、その先の世界に到達してくれた事を見せてくれています。

さて、ここから本題なんですが……皆さんは、この「ウソに乗り」ますか?自作自演という事が分ったら「なんでぇ!結局、ウソつきじゃん!」とか嘲って終わりですか?…ルルーシュの関係者たちは、ナナリー、カレンをはじめとして、おそらくすぐにその真意に気づいていると思います。また、はっきり言ってルルーシュと直接関係がない者も、皇帝ルルーシュの足跡を調べて行けば、まあ、まず間違いなくルルーシュの真意、そしてゼロの正体にたどり着くでしょう。上手いウソ、下手なウソという観点からすれば、こんなファンタジーを語った「大ウソ」は上手いウソとは言えないでしょう。とんだ自作自演の茶番劇と言っていいものだと思います。…では、この「茶番劇」にあなたは乗りますか?

…この問いかけで、この物語は終わっているのでしょう。…ここからは僕の見解ですが、僕は“大人”は間違いなく、この「ウソに乗る」と思う。それはルルーシュの真意に到達したも者程、そうなるはず。だって何であろうと、それは「世界は一つの法の下にまとまるウソ」なんだもの。この「ウソ」に乗らないのは、真実ばかりが気になる近視の“子供”か、利己的な“子供”、のどちらかだと僕は思う。優秀な“大人”ほど、ルルーシュを悪として活用し、ゼロ(スザク)を善として活用して、歴史を語り、淡々と「優しいウソの世界」を築いて行くのではないかと僕は思うのです。

「ウソ」だと分っているのに、その「ウソ」に突き動かされる…それは正にギアスなんです。そしてそのギアスは「未来を願う者」にしかかからないギアスなんです。

そういう物語かなと。

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